2015-11-26

三人展の景色


華雪
片桐功敦
森田春菜

三人展、終了いたしました。
3日間の短い期間でしたが
印象深い、充実の機会でした。

お越しいただいた皆様
お気にかけてくださっていた皆様
どうもありがとうございます。



会期前日、展示の準備。
まず、前日搬入は書と陶を設置。
明日の花いけを待つ。
   
今回、華雪さんの書を考えていて出てきた作品群。
シルエットが白く凛と浮かび上がる印象。
 


書の設定をする華雪さん。






日毎、または花の様子に合わせてその時ごと
合わせて生けてくれる、片桐さん。
乾いた感触の陶に
みずみずしい生気が加わる嬉しさ。
 
布+陶、で制作した陶板。
「鉄板かと思った」という声が多々。
 


「由」
この字は、昨年もこの場所にあった。
この字について話をしたこと
今回につながったこと
今までに見聞きして、体験したことがつながってくる。
そんな印象。
展覧会初日に、蓮の葉と柳の枝とけやきの落ち葉を抱えて登場した片桐さん。
大きく美しい蓮のかたち。


 柳と陶棒の設定は
5年前、堺の片桐さんの場所でやらせてもらった時のことが思い出されて、という。
拙いところも多々あった以前のことを
色あせずに今でも、大切に刻んでいてくれたことがありがたい。

時間をかけて、焦らず弛まず進むこと。
ふたりの背中を追いかけたい。




2015-11-07

11月 三人展





今月11月21−23日の三人展
DM原稿はただいま活版印刷中。
ビジュアルで見ると、どきりとごくシンプル。
紙も印刷方法も 感触がのった実物は
また一味加わった、存在感ある一枚になることと・・・。
期待して待機中です。




かつて偶然に展示会場を訪れた、片桐さんとの出会い。
そして初めて訪れた大阪で、華雪さんのことを教えて頂いたこと。
いままでずっと気になり続けてきた。
出会い、つながった今回は、意味のある機会。




この3日間、思い続けた自分自身に応えられるように。





象徴として



 枝を拾い
貝殻を見つけ
実りを摘む

かつて生きたひとの目線は、どうあっただろうか
今のわたしの行為も、同じことだろうか


気がつき、拾い上げる自然物は
東京の日常生活では少なく
それでも、ぽつりぽつりと出会えるものは
だからこそ、雑多に紛れず
そのひとつを見つめられる 。




ものを作り出すきっかけは
存在するものを利用するところから始まる。
この行為は、わたしのなかに潜む”かつてのひと”に触れること。

日々素材に触れて生きたひとにも、同じ景色があっただろうか。
観察した眼差しの先のものは、どういう表情だっただろうか。





この欠片(かけら)は、立体彫像物になりきることでもなく
用途を持った道具、うつわになることでもなく
ふと、拾い上げるもの。


それでも象徴として、強く在りたい。