2017-05-19

At my studio



        photo by Mitsuhiro Kamada



急に仕事現場の画像依頼を受けて
稀なことだったのもあり、あわてていたところ
デザイナーの鎌田さんがカメラマン役を快諾してくれました。

出版物になる前に、一部公開。








自分の写っている写真というのは、いろいろ気になって正対しにくいのが
今回の画面は、どれもとても快く受け取ることができるもので
それは自信を持って先方に提出できるきもちの後押しになってくれて
とてもありがたいことだった。

自分では反省の多いごちゃごちゃの部屋も
彼にはまた違った視点で見えたようで
自分では、嫌だと思っていたことや
気がつかなかったことに光をあててもらえたような機会に
撮り終えた時には、その前よりのびのびとした心持ちで
受け入れられるものが多くなった様な気分になっていた。




撮影は、日常の制作風景、という設定の中
動作はいつもの様に手を動かすのだけれど
この時の自分はやっぱりぜんぜんモノに集中していなくて
相対する人がいるだけでこんなに見えなくなるものか、と分かり
それはちょっと自分でもおどろくことだった。

この感じは少し前にも、いつも通っている陶芸教室に
書家の華雪さんを招いた時にも気づいた感覚で
その時のことも思い出しながら
普段のなんでもない時間というのが
急に輪郭を得て、貴重に感じるようになる。


いつもの時間は
自分の無意識が自在に動く場だったのだな、と思う。




 *


2017-05-11

ハチドリ と スミレ



家族でZazの公演に出かける。
パフォーマンス中のトークで、彼女は昔話の引用を話しはじめる。


森が燃えていました
クリキンディという名の
ハチドリだけは いったりきたり
口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは
火の上に落としていきます
動物たちがそれを見て
「そんなことをして いったい何になるんだ」
といって笑います
クリキンディはこう答えました

「私は、私にできることをしているだけ」




そして彼女も顔を上げ言う。
「私は、私にできることをしているだけ」。




すとんと入ってきた言葉が気になり
あとから父にその話題を触れたら

あのフレーズは、前回公演の時も言ってたよ、と言う。
ーそうか。2年前には、全然聞こえてこなかった。





「スミレはスミレのように咲けばよいのであって、
    そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと
    スミレのあずかり知らないことだ」


岡潔氏のことばについても
今のわたしには、共通の部分が聞こえている。



思考でなく、こころからそうあれるといい。



 *

2017-04-26

手放す


モノと私の関係が、離れてきたように感じるこの頃。

というか、モノの中にあることは
作り手のわたしがずっと囲ってはいられないものなんだ
ということが、ここ最近のことを通じて
ようやく、じわりとわかってきた。



となると

私がモノに対して、してあげられることは何か。



つい、自分自身と重ねてしまいそうになるのを
そうではないと気づいたところから
少しずつ、どうしたらいいのか
思考を
整理していく。





The Poets light but Lamps —
Themselves — go out —
The Wicks they stimulate —
If vital Light


Inhere as do the Suns —
Each Age a Lens
Disseminating their
Circumference —



Poetry by Emily Dickinson




 *

2017-04-08

変容の時



立体物に助けられた18の時から

その手法がやきものになっても

主軸は、生の土を扱う
かたち作るところ、と思っていたのが

おそらく本人が意識し、自覚するより前に

こころの感覚はきっと既に移行していて

きっと、最ものせめぎ合いは
表層で起こっている。



かたちづくりのみの作業が続くこの頃は

気負いなく、自由な感覚で

プレインな粘土質は
その大らかさの上に
思考の意識無く、行き交うことができる。


その一方
素焼きを終えた物体は
まるで同一のものとは思えないほどに生気を失い
瑞々しいかたちづくりの経過を完全にリセットさせられる。


ここからの作業は
そのものが最大限に、そのものらしくあるように
問いかけを重ねる作業。


それは、今の生身の"わたし"に通じる。






立体、に手がかりを得てから
もうすぐ倍の歳になろうとしている。






 *

2017-04-05

just like a trigger



 



昨年末、作品を展示させていただいた 栃木市こどもサポートセンター から
ひきつづきご依頼頂き
今年度からスタートする新施設のためにも、小品をいくつかお納めする。


新設のセンターは、赤ちゃんを授かったお母さんが初めて訪れる機関でもあり
また、その成長過程も見守っていく施設だという。

今年は4月の新年度の始まりを、遠くから思い遣り
そっと期待を持って迎えることになった。







今まで展示をしてきた”ギャラリー”とは全く異なる、この場に関わることからもまた
ものづくりをする上での大切な気づきを得られる気がして
作品を通してできる協力をさせていただいている。





今に至るこことの縁の、きっかけにもなったことば


「作品は、はじめて新しい生命を宿した若い母親にとっても
新たな いのち を知ることの 気づきになる」


 そこに届ける気持ちの、今回の機会。

見出してくださったことを思うたび、手を合わせたくなる気分にさせられる。



動きだした施設を想像し
静かな充実感を胸にしまう。


  
*

 
かつて、絵描きのM氏が言っていたことばもまた、思い出される。


「作品があるべき場所へ、自分を連れていってくれる」。


それはわたしの既存の思考や知識を超えてある
今と重なる気がしている。


また、そうであればと思う。






作り手のわたしの方が逆に
作品の存在意義を教えてもらっているような機会が続いている。



少し前に貰ったことばもまた
ひとつの理想のかたちを表してくれている。




”I think that is something just like a trigger, 
try to reveal some feeling hidden inside myself 
when I come closer. 
But after a while,
I will accept them,
just like I accept my pain and comfort it 
with more love.”





文章は、メールだからきれいなままだけれど
何度もなぞり、読み返したことは
手紙だったら擦り切れるほどだと思う。




想いをお守りのように抱く。




2017-02-17

'17.2 備忘録





制作中は、手の中で
存在の異なるひとつひとつを確認し
見つめている。
その行為を重ねる中で
私とモノの間に”信頼”が生まれる。


わたしが地上で何者でもなく生きていることと
それでも、わたしはわたしだけの存在として
見つめられている眼を心で感じていること

今度は、そうであること
その景色を
わたしがモノに込めていく。
慰め合うような時もある。
存在を共感し合う。
信頼の所以。






その棚には、いくつもの作品が並べられているけれど
それらをとある”群”ではなく
ひとつづつの顔
”個”で認識する。


わたし以外の他人がそれをして
ここまで近づいてくることは、ほんとうに稀なことだった。



場ではただ、それができればいい
と思った。






この2月は、たいせつなことばをたくさん聞かせてもらえる時期になっている。

たいてい、引っかかったフレーズを咀嚼し続け
一時おいた頃 ようやく感覚とことばが合ってきて
胸中で湧き上がり、駆け巡る。


*


世の中の情報を聞き続けていたのを
一度ストップする試み
ことばで理由を探る癖をやめてみるようにして
2、3ヶ月くらい経っただろうか。

感覚を頼りに徐々に進もうとすること
今はまだ、補助輪なしの自転車で走りはじめ
手放された時のような、よろめく姿が浮かぶ。




繁忙期の折に、一度置いてしまったディキンソンの本を
また、ようやく手に取れるようになり
読み始めたあの時とは少し変わっている
新しいつながりを感じながら読み進める。









2017-01-24

「生活工芸と作用」展


 


初日から数日経った週末、展示の様子を見にゆく。

展示もさることながら
かつてあのlakaguからほど近い早稲田の工業地帯には
共有の工房を借りていた時代があったので
神楽坂駅の地下鉄の階段を上がり着き
様変わりした景色の違いにハッとなりながら
久々、あの夜な夜な仕事帰りに工房へ通っていた頃の
感覚が湧き上がるような思いも感じつつ
色々な作品たちを眺める。

景色にまつわる思い出は、心に深く染み付いていて
多くのジレンマを抱えて通った道は
晴れ晴れと楽しい気分で通うものよりも、色濃く印象が刻まれている。

そんな数々の思いも、今となっては
それはそれで甲斐があったな、とも感じられる。
前より今は少しづつ、自分にとって適当な場所へと歩いてきたように思う。




「生活工芸と作用」展



2017年1月18日(水)−2月15日(水)



11時−20時半(最終日18時)|無休


la kagu 2F soko|東京都新宿区矢来町67


03-5227-6977



展覧会概要

1990年代から2010年代は「生活工芸の時代」とよばれることがあります。
「生活工芸」派の器の特色は「自我の最小化と
器の彫刻化(彫刻の器化、ではなく)」と思っています。
その「器」を「物」におきかえると、小林和人さん(OUTBOUND)のとなえる
「作用」派の作品の特色になるのではないか、との考えから
両様の作をくらべてみたいと思いました。
(『工芸青花』7号でも特集します)
四つのギャラリーから、数十点を展示、販売します。 S